この間家を出ておばの家に行ったとき、私は自分の傘を無造作に玄関のかさ立てに突っ込んでおいた。2.3日してまた雨が降ったので、学校へ行くとき、かさを出した。そのかさ立てはかなり古い単なるつぼで、他に傘が一本も入っていなかった。私は傘を見てぎょっとした。一面にびっしりカビが生えていたのだ。大騒ぎして、私はおばの部屋へ走っていった。おばは学校をしっかりと休みにして、ベッドに入って眠っていた。衣類にまみれた床を越えて、おばを起こした。 「なにー?」 眠そうにおばはむっくり起き上がった。 「玄関にあるつぼの中って、見たことある?すごいのよー、中で何が起こってるかわかんないわよ、私の傘、カビだらけよ。」 「ああ、あれ。うん、私は折りたたみの傘を使っているから、使っていない。あの中に入れたら、取り出せなくなってしまうからね。昔はかさを入れていたの。確かにね。それで、弥生のかさがどうかしたの?」 おばは寝ぼけた声で髪の毛を前にたらして、つぶやくように言った。 「びっしりかびよー、すごいの。」 私はさわいだ。おばはしばらく、うーん、と口をへの字にして窓を次々流れる透きとおった雨の粒を見つめていたがやがて、 「わかった、なかったことにしましょう。」 と言った。 「何それー。」 と私は言った。 「そのつぼをかさごと、家の裏に持っていって、ぽいっと置いとけばいい。それで、外に出なければいいの、今日一日くらいは。」 そう言っておばはふとんにもぐりこんでしまった。 私はあきらめて、言われたとおりにその重いつぼを持って家の裏に回った。ひざまで来る塗れた雑草をかきわけ、はじめてあの廃屋のような家の反対側をきちんと見た。ひどいものだった。おまけに裏にはおばが今まで「なかったことにした」ものがぞっとするほどたくさん、積み上げられて雨に打たれていた。あらゆるものがあった。どれだけ昔からの粗大ゴミをそこに捨てたのか見当もつかなかった。どうやって運んだのか学習机や、古いぬいぐるみの類まであった。2度とは見ていろいろなことを考えないように、ほとんどめくらめっぽうに投げられている。おばは人間ともきっとこのようにきっぱり別れるのだろうと思って、私は少し悲しくなった。雨に打たれて、しばらくそこに立ったままで私は”なかったこと”にされた物たちを見ていた。 |
吉本ばななの『哀しい予感』 このおばの生き方がすごくいい。 登場人物がみな魅力的で心地よくなる。 「なかったことにする」 ならいいけど 「といういうことにする」 はよくない なかったことにする。なんていい気分だろう。 |